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共和政ローマ

紀元前272年
イタリア半島を統一する。
支配下においた都市を植民市、自治市、同盟市にランク分けし分割統治を開始する。

最も低いランクの同盟市は、ローマ市民権も自治権も与えられななかった。

主なローマ市民権
選挙権
被選挙権
兵役 
属州税(10分の1税)の免除 属州民が収入の10%を収める。

奴隷解放税 奴隷は主人に解放してもらうことで市民になることができるが、その際に主人が収める税金。

紀元前264〜146年
ポエニ戦争(第1次〜第3次)
地中海覇権を争いカルタゴと激突する。
ローマはカルタゴを滅ぼしシチリア島、サルデーニャ島、コルス島、ヒスパニアを属州とした。

紀元前215〜197年
マケドニア戦争(第1次〜第4次)
ローマを脅威と感じたマケドニアがカルタゴと同盟したため開戦する。
ローマは勝利しマケドニアを属州とした。

ローマはイタリア半島統一後、カルタゴ、マケドニアと戦争して勝利しました。
その結果ローマがどうなったかというと貧富の差が拡大しました。

兵士として戦場で命を掛けて戦いローマの勝利に貢献した農民が没落していきます。
なぜか?
それは、戦費が自己負担だったこと、そして戦争の間は農業に従事できず農地は荒れ果て収入も減少してしまったからです。
さらに、属州から安価で穀物を獲得できるようになったことも農民を経済的に困窮させる原因となりました。

その結果、農民が苦しい状況に追い込まれてしまったのです。

その一方で、貴族は農民が手放した荒れた土地を利用し、大土地所有し、戦争捕虜を奴隷として使い、大規模農地を経営することで経済的に豊かになっていきます。

カルタゴから賠償金を農民のために使うとか考えなかったのか??

となると・・・当然、農民の不満は大きくなっていきます。
これはもう、嫌な予感しかしません。

 

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